アトリエみかん箱 記録日誌

「静岡の高速バス倉庫」の中の人が記す色んな話。


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ボーカロイドオペラ「葵上」清水上演:見に行ってきました。

と言うわけで倉庫番(清水区民)です。標題のイベント、と言うか上演を見に行ってきました。

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前回の掛川公演の際には「掛川で公演を行ったことの意義」的な内容の感想になってしまいましたが、今回は前回の部分を踏まえて中身をじっくり見ようと思ったのですが・・・

音がグルングルン回る中、人形遣いの様子を見て、背景にある画像の意味を考えて・・・となると「本当に見ていて忙しい」(感覚をフル稼働させる的な意味で)事もあり、観終わった後には本当に体力を全部持って行かれた感があった、と言うのが偽らざる感想です。掛川大日本報徳社講堂で見た時と比べて、特にその感を強く感じました。

そんな中で、今回観た中で強く感じたのは「ミドリの怨念」と言うものでした。上演後のトークセッションで「ホラー映画みたいだ」と言う発言があり、それを監督は「愛の物語である」と言う形でやんわりと?否定していました。ですが、個人的には「愛と言うものの行き着く姿」が「ミドリの怨念」に結びついているものであり、その愛の大きさが極大化したが故の「怨念」であり、かつ、その姿が「ホラー映画」と言うものになるのでは、と思うように感じました。
ただ、その「怨念」は正直誰もが持っている言うなれば「闇」の部分であり、その「闇」であるが故に自らも大きさが分からない。それ故「怖い」と感じる、そんな部分があるのかなぁ・・・と思うのです。

誰もが闇を持ち、その「闇」と「光」は紙一重に過ぎないって言う事を感じた、そんな内容を強く感じた所でした。(この辺り個人的な感想ですよ!個人的な)


あともう一つ。
「闇の大きさ」を表現するためのツール(敢えて「ツール」と言う言葉を使います)が「Vocaloid」や「文楽」であり、人間ではないからこそ「闇の大きさ」を表現し得たのかなぁと思う所もあります。創るのは人間であり、その根底に存在する価値は全く変わるものは無いと思います。ですが、普通に「舞台」だったら、普通に「文楽の演目」だったら、普通に「MMDで表現したボカロ曲のPV」だったら、ここまで圧倒的なぶっかき回し感・・・言葉が悪いですね、「観終わった後での疲労感」は無かったと思います。
2つの「どう考えても重ならない分野」がぶつかって火花を出し、それに映像と照明と言う燃料を投下して大炎上(更に言葉が悪い)する事は恐らく無いと思うのです。そのような意味では、この公演を2回も見る〜それも東京ではなく、地元静岡で〜ことができた、と言うのは自分しては得難い経験だったと思うのです。

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最後に思いっきり余談。
監督さんが「本当だったら出逢わなかったものが出逢って何かを生み出す」と言う事に言及されていましたが、その話は別分野(有り体に言えばバス関係の同人誌ではありますが)で自分が実感しているだけに、この「ぶつかり合った時の何が出てくるか分からないいい意味での怖さ」は常日頃感じておりますし、そのぶつかり合った中で作り上げていく事のしんどさってのもよく分かっております。それ故、最後の監督さんの話は非常に身に沁みるものがありました。

ただのバスヲタの戯言と言えばそれまでの話なのですが、そんな余談的なモノも感じたって事を書いておきます。

マリナートでの特別公演の開催に携わった皆様に、一清水区民として感謝します。