乗り物趣味。

以前、と言っても10〜15年くらい前もBlogを書いていた。
その頃は比較的色んな書く材料があって、それに対して色々と書くことができていたが、今はなかなか書くことができない。

さて、なんでだろう?と言うことを考えてみる。

15年経てば、自分では「あんまり変わってない」と思っていても、それなりに色んなことが変わってくる。社会環境や経済環境は勿論のこと、仕事に対する職責とかも。その頃は「平気で書けた」事であっても、今となっては「それを書いてしまうと、色々と問題が出てくるのではないか?」と考えてしまい、思うことがあっても全く書けずに終わってしまうとか言うのもある。

いや、それよりも何よりも仕事で頭を使って、家に帰ってまでPCの前で小難しいことを考えるのが面倒くさい・・・それが本当の所かと思うが。

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身も蓋もない話であった。
しかし、「乗り物趣味」と言う面から言えば、10年や15年前は「つい昨日」、30年前や35年前が「この間」って言う感覚になってしまい、「これってもしかしたら【旧型国電好き】とか言う人の感覚ではないか?」と思うし、事実そうだよね・・・と思うところは否めない。

とは言え、ただの高速バスオタクが、何故「ラブライブ!サンシャイン!!」にドハマリしているのか、と言うことを示すためには、35年くらい前に通った「のりもの好きの目線からみたあの街」についても語っておく必要がある。本来ならば、地図や写真があればいいのだが、いかんせん小学生のお小遣いでカメラを持つことはできなかった。そのため、文章での記録になることをご了解いただきたい。

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自分が当時住んでいたのは下河原町

ラブライブ!サンシャイン!!」のファン方には「渡辺曜」の住んでいる(と言う設定の)ところと言った方が話が早い。その家のある(とされている)場所には喫茶店があるが、そこのお店までどうやって行くのか?と言うことを考えると・・・タクシーで行ってしまうか、それともそんなに距離はないから駅から歩いていってしまえ、となる。

しかし、当地に住んでいた頃、そこには「港湾循環」「千本循環」と言う箱根登山鉄道の路線があった。
沼津駅から下河原を通って沼津港へと向かい、沼津港から先は、現在の東海バスの「沼津駅〜沼津港」を結ぶバスが走っている経路をトレースして沼津駅まで向かう系統(港湾循環)と、その逆ルートを走る系統(千本循環)であった。

そして、沼津港には、アーケード名店街・千本入口・第二小学校前を回って行く、伊豆箱根鉄道の「沼津駅=沼津港」線があり、沼津港から先は西伊豆航路「こばるとあろー」で土肥・堂ヶ島・松崎へ、「竜宮丸」で戸田・三津シーパラダイスへ、そして、戸田運送船で井田・戸田へと向かうことができた。また、伊豆箱根鉄道の「沼津駅=沼津港」線には派生系統で、沼津駅から先三島駅まで直通する系統もあった。

そんな頃、川越から富士を経由して沼津に自分は転居してきた。
物心ついたときから乗り物〜特に鉄道〜好きであったので、小学生と言えども、首都圏の私鉄については「どの会社がどの区間を走っているのか」と言う事は知っていたし、親に連れられて実際に乗っていた。そんな中で「箱根登山鉄道」は「小田原から強羅までを結ぶ鉄道」であると言う事は知っていたし、実際に乗っていた。

自分が引っ越して来たのは、箱根より西にある静岡県である。
箱根登山鉄道は、神奈川県を走っている鉄道であり、バスである。

「何で、静岡県箱根登山鉄道のバスが走っているの?」

この疑問が湧いてきた。
しかし、小学生の事であるから、今のような知恵もない、ましてや30年以上前の話、「バスの事を調べる」にしてもインターネットと言う「知識の海」は無い。気がつけば「何で?何で?」と思いながらも、日々の生活や勉強が上から積み重なって、いつの間にか「そういうものなんだ」と理解するようになった。

他にも、この「沼津」と言う街は色々と当時の自分にとっては趣味的に面白い街だった。
富士(吉原)に住んでいた頃、バスと言えば富士急行岳南鉄道しか無かった。それが、沼津に来たら富士急行箱根登山鉄道東海自動車、そして国鉄東名ハイウェイバス、時々静岡からやってくる静岡鉄道、5社のバスが入り乱れていた。何でこんなにバス会社が多いんだろう?と言うことを幼いながらも思っていた。

富士急行と言えば、沼津に引っ越してきてからは乗る機会がなくなっていた。
しかし、父親が勤務する会社が吉原にあり、父親の仕事が終わってから実家(清水)に行く・・・と言う時には、吉原中央駅まで新国道線の富士宮駅行に乗って行ったほか、母方の実家(東京)に行くのに、東名沼津から東名ハイウェイバスに乗っていくときに沼津ゴルフ場行の便に乗ったことを覚えている。

東海自動車は「温水プール」と、夏の水泳大会の貸切バス。
今となっては、下河原から温水プールまで行くのには、港大橋超えて八重坂抜けて行けばそんなに距離は無いが、その頃は親父が運転する車1台しか無いので、温水プールに行こうと思ったらバスで行くしか無かった。下河原南から上土までバスに乗って、上土で温水プール行に乗り換える。正直時間は結構かかった。
後は、水泳大会の会場に行くときに乗った、路線車使用の貸切バス。
今ではどうか分からないが、当時沼津市の小学校で行われてた水泳大会はすべての小学校が一同に会するのではなく、ブロックごとでの開催であり、二小は片浜小学校で開催されたブロックの大会に参加していた。そこの会場に行くのに乗ったのが、東海自動車の「冷房の無い古いバス」であった。確かいすゞの車で、後部の窓が大きい車だった。

伊豆箱根鉄道は、時々使った沼津駅=沼津港線。
バスの印象もあるが、個人的には当時の西伊豆航路の印象の方が強かった。戸田に行くときに乗った「竜宮丸」と「こばるとあろー」。後にも先にも船はそのⅠ回だけであったが、校庭や学校から見えたライオンズカラーだったり、旧塗色だったり、時には何故か西武バスの色のままの車も・・・。

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ラブライブ!サンシャイン!!」っぽいことを書いておこう。
正直に言えば、小学生〜中学生の頃の根っからの沼津の住民ではなかった自分にとって、内浦や西浦と言うのは「完全に別世界」であった。西浦へみかん狩りに行ったり、あわしまマリンパークや三津シーパラダイスに家族で行く、それも車で、と言うのが実際のところだった。後は、伊豆半島一周ドライブをする時に通る程度である、社会科の副読本で勉強し、「市内にはこんな所もあるんだ・・・」と言う知識だけの世界だった。

ただ、今から考えると決して「内浦」も「西浦」も全く縁がない場所ではなかった。
小学校5年生の時にお世話になった先生(今はその学校の校長先生)、その当時は毎日自家用車で西浦のご実家から通勤されていたと言うこともあったし、高校の部活で入ってきた後輩は内浦の出身だったりする。

だけど、その頃の自分にとって「三津長浜」や「大瀬崎」と言う行先表示幕を出した東海自動車は、「エラく遠くまで行くバスなんだな」と言う印象、それを今でも覚えている。